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2019年05月

日本の未来は? <ロケット産業への優位性 (地政学と部品の内製化)> 堀江貴文氏 民間 ロケット開発「私財で60億円以上投資」



民間ロケット成功で堀江さんら会見 「私財60億円以上投資、やっとたどり着いた」

小型ロケットの打ち上げに成功したベンチャー企業「インターステラテクノロジズ」(北海道大樹町)を創業した実業家の堀江貴文さん(46)が15日、日本外国特派員協会(東京都)で記者会見した。堀江さんは「私財で60億円以上投資して、やっとたどり着いた。感慨深い」と喜びを語った上で、政府に「ロケット産業を重点的な投資分野に位置付けてほしい」と要望した。

同社はロケット製造をコストダウンし、世界的に需要が高まる小型人工衛星などの打ち上げの産業化を目指す。今月4日に小型ロケット「MOMO(モモ)3号機」(全長10メートル、直径50センチ)を打ち上げ、弾道飛行で高度113キロを記録。日本の民間企業が単独開発したロケットとして初めて宇宙空間(高度100キロ以上)に到達した。

 堀江さんは日本の利点として、太平洋に面しているため打ち上げ失敗時のリスクが内陸より小さく地理的に適していることや、部品を国内で調達可能なことを挙げ、「海外の衛星を日本で打ち上げるようになれば税収増にもつながる」と主張。「政府にお力添えいただきたい」と語った。

 同社は現在、人工衛星を高度500キロの軌道に投入可能なロケット「ZERO(ゼロ)」の開発を進め、早ければ2022年末ごろの打ち上げを目指している。同様のロケットは、民間では米宇宙ベンチャー「スペースX」などが先行するが、堀江さんは「ZEROが開発できれば技術的には肩を並べられる」と自信を見せた。

同席した稲川貴大社長(32)によると、ZEROの打ち上げから数年後には、月や火星への到達を視野に入れたさらに大型のロケット開発を目指す。稲川社長は「ロケットが変われば宇宙開発は大きく変わる」と力強く語った。

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堀江貴文氏ロケット開発「私財で60億円以上投資」


実業家の堀江貴文氏(46)が15日、都内の日本外国特派員協会で、自ら出資、設立した北海道大樹町の宇宙開発ベンチャー企業「インターステラテクノロジズ」のロケット「MOMO(モモ)」3号機が、民間単独では日本で初めて宇宙空間とされる高度100キロを突破し「準軌道(サブオービタル)宇宙飛行」に成功した件について会見を開いた。

堀江氏は「世界でも、そんなに数が多くないロケット打ち上げビジネスで1つのマイルストーンを超えた」と強調した。その上で「ロケットビジネスに関して言うと、ライブドア時代から結構、試行錯誤しながら投資をしてきまして…多分、私財で60億円以上、投資をして」とライブドアの社長時代から投資してきたと強調。「何とかサブオービタルロケットの打ち上げまでたどりついて非常に感慨深い」と喜びをかみしめた。

堀江氏は会見の冒頭で、日本外国特派員協会から、同協会で弁護団が会見を何度も行っている、会社法違反(特別背任)などで起訴された日産前会長のカルロス・ゴーン被告に関して語るようリクエストがあったと明かした。「カルロス・ゴーンの話をしろとオファーをいただきましたが、ロケットの打ち上げに成功しましたので、それでいいですか? と言い、快諾いただきました」と笑った。

インターステラテクノロジズによると、MOMO3号を4日午前5時45分に打ち上げ、約4分後に最大高度113・4キロ(速報値)に到達。8分35秒の飛行後、発射地点から東南東37キロの海上に着水した。

プロジェクトは、97年に低価格の小ロケット開発の検討を始めた有志が、04年に堀江氏に話を持ち込み、翌05年に民間宇宙開発を目指す組織「なつのロケット団」を結成したことに端を発する。17年7月に打ち上げた初号期は、発射から66秒で通信途絶。18年6月に打ち上げた2号機も、離陸から8秒で墜落。今回も、打ち上げを予定していた4月30日にバルブの不具合が見つかった上、その後、3日間は強風で打ち上げが見送られたが、そうした苦難を乗り越えての成功だった。今後、同社は今回の検証と並行し、軌道投入機(2段ロケット)「ZERO」の開発に取り組むという。

この日の会見には、インターステラテクノロジズの稲川貴大社長(32)も登壇した。
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日本再考  日本はもう「先進国」じゃない!輸出急減、賃金・年金低下、労働生産性最下位、AI分野は置いてきぼり・・・真実とは不都合なもの? 

LIENが監視アプリのなる?未来は避けたい「日本」 ( LIEN = 「WeChat Pay」) 二大アプリ「Alipay」「WeChat Pay」のシェアは? 中国政府監視(人権・言論監視)アプリ 「便利だけど不便」恐ろしい国/ シャレにならない監視社会に突入した中国の悪夢 


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<暗号理論 にも貢献> 数学者(整数論) 志村五郎氏死去   (谷山志村予想とフェルマーの最終定理 300年来の超難問証明に貢献) 2019年 5月3日 
志村五郎 先生の 書籍 と 物語ss


 数学の超難問「フェルマーの最終定理」の証明につながる予想を提唱した米プリンストン大名誉教授の志村五郎さんが3日、89歳で亡くなった。同大が発表した。

 志村さんは整数論が専門。1950年代~60年代に、故谷山豊・東京大助教授と共に楕円(だえん)曲線の性質に関する「谷山=志村予想」を提唱。この予想を手がかりに、提示から350年以上数学者を悩ませてきた整数論の難問、フェルマーの最終定理が、英国のアンドリュー・ワイルズさんによって95年に証明された。

 東大卒業後、同大助教授などを経て、64年から99年までプリンストン大教授を務めた。77年に米数学会「コール賞」、91年度に朝日賞を受賞した。


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数学者の藤原正彦さんは、大学院時代の指導教官から厳命されたそうだ。「フェルマーだけはやるな。数学人生終わりだよ」(『世にも美しい数学入門』ちくまプリマー新書)。

 ▼「(Xのn乗)+(Yのn乗)=(Zのn乗)でnが2より大きい自然数の解はない」。17世紀のフランスの法律家フェルマーは、「証明法をみつけた」とだけ本に書き残していた。この「フェルマーの最終定理」にどれほど多くの数学者が挑み、敗れ去ってきたことか。
谷山志村予想「フェルマーの最終定理」ss

 ▼360年後の1994年、米プリンストン大のアンドリュー・ワイルズ教授がようやく証明に成功する。そのカギとなったのが、「谷山・志村予想」と呼ばれる楕円(だえん)曲線に関する理論である。

 ▼谷山豊さんと志村五郎さんは、東大数学科で学術雑誌の貸し借りをきっかけに知り合った。谷山さんは31歳で謎の自殺を遂げる。当時プリンストン大に移っていた志村さんが、谷山さんの研究を引き継いだ。

 ▼藤原さんによれば、奇妙奇天烈で豪快だった谷山さんの理論を、志村さんが10年くらいかけて美しい姿に仕上げた。「谷山は正しい方向に間違えるという、特別な才能に恵まれていた」。親友を評する言葉は、なんとも味わい深い。フェルマーの定理の証明より、志村さんたちの予想の方が、数学への貢献は大きい、との見方さえあるそうだ。

 ▼志村さんは、中国の古典文学に関する研究書など、数学とは関係のない原稿も数多く残している。その一つが「丸山真男という人」と題したエッセーである。戦後の論壇に大きな影響力を持っていた政治学者に対して、歴史認識の誤りや教養の欠如を批判していた。今月3日、89歳で世を去った天才数学者の頭の中はどうなっていたのだろう。
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数学者・志村五郎の死
志村五郎 スケッチ700ss



5月3日、数学者の志村五郎プリンストン大学名誉教授が亡くなられたというニュースが流れた。志村五郎と言えば、フェルマーの大定理の証明においてもキーになった「谷山・志村予想」が有名であり、数学を学んだことのある学生ならその名を一度くらいは聞いたことがあるはずだ。

しかし、今回驚かされたことは、志村氏の死去のニュースがヤフーニュースで流れていたことだ。僕もヤフーニュースで志村氏の死を知った。いくら数学関係者の中で有名だったとは言え、ヤフーニュースで流れる程世間の注目を浴びているとは考えもしなかった。ヤフーニュースでこのニュースを見た人のうちどれくらいの人が興味を持ったのかはわからないが、数学研究というものが少しでも市民権を得られればと強く思う。ちなみに、谷山・志村予想のもう一人、谷山豊氏は、若くして自死をされている。

本屋の数学書コーナーに行くと、谷山豊全集というものが並んでいる。数学関係の全集とは一般の人にはなじみがないかもしれないが、全集が出されるほど谷山氏は偉大な数学者であった。そして志村氏も同様に偉大な数学者である。偉大な数学者や物理学者の研究に対しては、コレクテッドペーパーやコレクテッドワークスと言われる論文集が出されることがある。これらの論文集は偉大な学者の研究が一望できる非常に便利なものである。もしかしたら、これから志村氏の論文集も出るのかもしれない。と思ってAmazonで確認してみると、既に志村氏のcollected papersが出版されていた。やはり偉大だ。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/志村五郎

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『世にも美しい数学入門』ちくまプリマー新書

藤原/正彦
1943年旧満州新京生まれ。数学者、エッセイスト。お茶の水女子大学理学部教授。米英の大学で教鞭をとった経験を持つ。数学者の論理的視点と日本文化を深く愛する情緒的観点による、独自の発言や作品で知られる 

小川/洋子
1962年岡山市生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞。91年「妊娠カレンダー」で第104回芥川賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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神様が隠している美しい秩序 藤原正彦/小川洋子「世にも美しい数学入門」


映画が終わってトイレに行きたくて案内表示に従って歩いていく。
ここかと思ったら女性用で男性はもっと先だと矢印の表示がある。
すぐそこかと思って歩いて行くが曲がりくねった廊下が続いてなかなかトイレにつかない。
そうする内に建物の外に出てしまった。
矢印の表示はそこをまっすぐに進めとある。
外はちょっとした広場になっていて、どうやらトイレは向う側の街のなかにあるようだ。
おりあしく雨が降っていて躊躇しているとどんどん強くなる。
俺は映画館の係りの男に「案内が不適当だ」と文句を言う。
男は一向に気にしない様子で、へらへらと「こういう仕事をしたこともない人が勝手なことを言う」と嘯いた。
「莫迦にするな、俺だっていろんな仕事をしてるから案内表示の作り方くらい分かるぞ」と言ってるうちに場面が変わって俺は別の建物の前でうろうろしている。
そうです、夢です。
トイレに行きたかったんですね。
それと今読んでいるカズオ・イシグロの「充たされざる者」という940頁もある小説、読めども読めども悪夢のなかを歩いて行くような小説、それが夢のなかに投影されたに違いない。

悪夢のなかのとらえどころのない不条理な出来事の連続を追うのに疲れて、すっきりとした数学の世界のことでも読もうと積読本棚から取り出したのが本書だ。
小川洋子の「博士の愛した数式」は6年前に読んで感心した。
その紹介文を↓に添付しました。
毎週月曜日の朝、社員が出勤する前に前の週に読んだ本のことを書いて本は寄贈した。
短い時間に書き飛ばした紹介文を読むと、あの頃が懐かしくてたまらない。


その小川が数学者・藤原正彦と数学の面白さを語り合った本書、眠くなるまでのつもりが面白くてとうとう読んでしまった。
「三角形の内角の和が180度である」、、そうなんだ、これほど簡単だけど考えれば不思議な美しさに満たされたことはない、これを干からびた知識として暗記させられることなくこの世界に潜んでいる不思議な物語として教えられたら俺だってひとかどの数学マニアくらいにはなれたのだ、、から始まって、友愛数の話とか完全数、「オイラーの公式」については「博士の好きな、、」の重要なモチーフだったなあ。
江夏豊の背番号が28という完全数(自分の約数をすべて足すと自分になる数、1∔2∔4+7+14=28、しかも連続した自然数の和で表わせる、1+2+3+4+5+6∔7=28)ということを発見した作家の小川がこの小説を完成させた。
“数学は実用に役立たないから美しく素晴らしい”、という。
レンホウさんはなんというだろうか。


藤原は天才数学者の生まれる条件を三つあげる。
 
第一には神とか自然、伝統などにひざまずく心があること。
 
第二は美しいものを身近に観て育つこと。いくら知能指数が高くても美に敏感でないと数学者にはなれない。
 
第三は精神性を尊ぶ。
 
インドのラマヌジャンなどが代表例だが、日本人数学者も微積分の関孝和、弟子の建部賢弘、類体論の高木貞治、岡潔、岩澤健吉、「フェルマー予想」の証明に大きな役割を果たした「谷山=志村予想」の谷山豊、志村五郎、、などノーベル賞に数学部門があれば少なくとも20人は受賞していただろうという。
ヨーロッパ、ギリシャの人々にはゼロの発見や虚数の理解は難しいとも。
たしかにヨーロッパでは16世紀頃まで記数法が確立していなくて位取りも知らなかったと云うのは驚きだ。

「6以上の偶数はすべて二つの素数の和で表わせる」というゴールドバッハの問題など素数のこと、そして円周率!「ビュッフォンの針の問題」(ある一定の幅の平行線の間にその幅の半分の長さの針を投げた場合、その針が線に触れるか針の間に落ちるかのどちらかになるのだが、線に触れない確率はπ[パイ]分の1になる)、極めつけは上にもあげた「オイラーの公式」だ。
神の不可思議な手を感じる。

しかし、ゲーデルの「不完全性定理」のことなどを考えると、整然とした美しい数学の世界にもカズオ・イシグロが書こうとした不条理の混沌が横たわっているような気配でもある。

ちくまプリマー新書 



(1) 博士の愛した数式   小川 洋子   新潮社

 気になっていて、人からもすすめられていたホン。このところ読書欲すらなくなって這いずり回っていたが、ときどき書棚から「早く読んでよ」とウインクしていた。
3時間足らず一気読みでした。保阪さんに言わせると一気読みできるような小説はいい小説とはいえないそうだが大きなお世話だ。不覚にも何度か涙ぐみながら読み終わるのがもったいない気持ちになるほど博士とルート少年、それに主人公の世界に引き釣りこまれてしまった。
交通事故の後遺症で80分しか記憶が続かない(ほんとはちょっと分かりにくい設定だが、この際細かいこといわない)老数学者が家政婦として派遣された主人公とその息子のルートの前に繰り広げる数字の世界。数字は、人間が考え出したものではなく最初からあったもの、神の人間への贈り物、その世界が謎に満ちていることは悪魔の存在証明。
オイラーの公式なんてすっかり忘れていた。π(円周率)とi(マイナス1の平方根、すなわち虚数)を掛け合わせた数でe(自然対数の底)を累乗し、1を加えるとなんとゼロになる!これをこの小説では「果ての果てまで循環する数と、決して正体を見せない虚ろな数が、簡潔な軌跡を描き、一点に着地する。どこにも円は登場しないのに、予期せぬ宙からπがeの元に舞い下り、恥ずかしがり屋の i と握手をする。彼らは身を寄せ合い、じっと息をひそめているのだが、一人の人間が1つだけ足し算をした途端、何の前触れもなく世界が転換する。すべてが0に抱き留められる。」と書く。
仏教・禅のホンで明かされる宇宙の秘密にも通じる数字の完璧な・摩訶不思議な世界。その前で交わされる3人の愛の物語。いいおとぎ話です。 

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志村五郎 先生の 書籍 と 物語ss



志村五郎 記憶の切繪図 鳥のように 700






モジュラーの世界のイメージss






志村五郎先生の書籍(1部)ss






参考

http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/689.html

https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~abenori/conf/20150817.html

http://www.sci.kumamoto-u.ac.jp/~narita/ss2011_proceedings.pdf

http://ntw.sci.u-toyama.ac.jp/ss2017/

http://www.ist.aichi-pu.ac.jp/~tasaka/ss2018/index.html

https://core.ac.uk/download/pdf/42026066.pdf

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ワイルズによるフェルマー予想の解決にも岩澤理論は大きな役割を果たした。 また、これ以外にも日本人数学者の結果が大きく寄与している。例えば、 肥田(晴三)の理論が有効に用いられたし、解決への道筋は谷山・志村予想を 経由するものであった。
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https://www.youtube.com/watch?v=KjvFdzhn7Dc&list=PL6PDU-7OA2gdvu3jhxo1QABgR9SGeCkCb



量子情報理論( 暗号と量子コンピュータ 耐量子計算機暗号  量子論のための表現論など)

表現論入門セミナー 具体例から最先端にむかって 平井 武(共著)   山下 博(著) 遊星社 / 星雲社(発売)
量子情報理論(第3版) 佐川 弘幸(著)   吉田 宣章(著)
相対性理論 小玉英雄(著)
暗号と量子コンピュータ 耐量子計算機暗号入門 高木 剛(著) オーム社
量子論のための表現論 - 林 正人 (著)
量子情報への表現論的アプローチ - 林 正人 (著)
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参考

感動!「350年の難問解決! フェルマーの最終定理」 1995年2月13日( 数学[整数論]) 

数学 「350年の難問解決! フェルマーの最終定理」 1995年2月13日( 数学[整数論]) 

京都 VSOPも感動! (谷山・志村予想 がカギ)350年の難問解決! フェルマーの最終定理」 1995年2月13日( 数学[整数論]) 

京都 VSOPも感動!「350年の難問解決! フェルマーの最終定理」 1995年2月13日( 数学[整数論]) 
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京都賞 受賞記念講演 黒澤 明(思想・芸術部門映画・演劇)、アンドレ・ヴェイユ(基礎科学部門 受賞(数学 整数論・代数幾何学など))国立京都国際会館へ (大学の研究室 教授らとも、京大の友人とも)ame 

あの頃考えていたこと(学問編)メモvol.2  数学 整数論(志村理論)を知る 「数を読む」Jugem
 

あの頃考えていたこと(学問編)メモvol.1  数学 整数論(志村理論)を知る 「数を読む」 se
 

数学 整数論「素数の宇宙の世界」 Dream of G. Shimura? (志村理論:志村多様体・志村ゼータ関数・志村曲線・志村モデル・志村系リフト・・) 【今日の数学者】2月23日生 志村五郎 li
 

1993年6月23日 プリンストン大学のA.ワイルスが、フェルマーの最終定理の証明を宣言 fc2
 

1994年9月19日 プリンストン大学のA.ワイルスが、フェルマーの最終定理の証明を修正 li
 

1995年2月13日 プリンストン大学のA.ワイルスが、フェルマーの最終定理の証明(完成)se
 

感動!数学の歴史 「350年の難問解決! フェルマーの最終定理」 1995年

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新天皇陛下「国民に寄り添う」、雅子さまとにこやかに / 新天皇陛下のお言葉全文 / 天皇陛下即位 一連の儀式終わる


 午前10時、即位後初めて、皇居の宮殿に入られた新天皇陛下。皇位の証である剣や勾玉などを受け継ぐ儀式「剣璽等承継の儀」が執り行われました。

 そして、新皇后の雅子さまがお住まいを出発。上皇后になった美智子さまから引き継いだティアラを身につけ、報道陣ににこやかな表情を向けられました。新天皇皇后両陛下そろっての初めての公務に臨まれます。そして午前11時10分、陛下の即位後、初めてとなるお言葉。

 「日本国憲法および皇室典範特例法の定めるところにより、ここに皇位を継承しました。自己の研鑽に励むとともに、常に国民を思い、国民に寄り添いながら憲法にのっとり、日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望致します」

 令和最初の日を迎えた皇居周辺は祝賀ムードに包まれました。

 「きのうはあいにくの雨模様だったんですけども、きょうは晴れ間も出ていることもありまして、昨日以上にたくさんの方でにぎわっています」(記者)
 「いろいろな方が来られていて、非常にいい雰囲気かなと思います」(皇居を訪れた人)
 「おめでたいですよね。新しい年になって、すごく楽しみにしています」(皇居を訪れた人)

 新両陛下が昼食をとるため一時的に皇居を離れられた際にも、沿道には晴れ姿を一目見ようと多くの人たちが詰めかけました。

 「すごくすてきでしたよ。きれいでしたよね、すごくきれいだった。ビックリしました」(女性2人)
 「両陛下を乗せた車、いま半蔵門の交差点を曲がります。陛下は窓を開けて手を振られています。雅子さまも沿道に手を振られながら、半蔵門へと入っていかれます。この後、仙洞御所に向かい、上皇ご夫妻に挨拶をされます」(記者)

 再び皇居に入った両陛下は上皇ご夫妻のお住まいである吹上仙洞御所を訪問し、即位の挨拶をされました。そして、午後3時頃には・・・

 「午後3時10分、皇居・半蔵門です。愛子さまを乗せた車が半蔵門に到着しました。窓を開けて、笑顔で手を振っていらっしゃいます」(記者)
 「今、悠仁さまを乗せた車が半蔵門に到着しました。窓を開けられていました」(記者)

 宮殿には秋篠宮ご夫妻をはじめ、眞子さま佳子さまら皇族方が新天皇皇后両陛下にお祝いを伝えるため続々と到着。秋篠宮さまが「天皇陛下におかれましてはこのたびご即位されましたこと心よりお喜び申し上げます」と祝福の言葉をかけられると、新天皇陛下は「どうもありがとう」と応じられました。

 「雨の中なんですけれども、両陛下、窓を開けられています。車の窓を開けられて、にこやかに会釈をされています」(記者)

 令和の新たな時代の幕開けを祝賀ムードで迎えられた新両陛下。今後、4日の一般参賀で即位後初めて国民から直接お祝いを受けられる予定です。
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新天皇陛下のお言葉全文


新天皇陛下が即位後朝見の儀で述べられたお言葉は次の通り。
 日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより、ここに皇位を継承しました。
 この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。
 顧みれば、上皇陛下には御即位より、三十年以上の長きにわたり、世界の平和と国民の幸せを願われ、いかなる時も国民と苦楽を共にされながら、その強い御(み)心を御自身のお姿でお示しになりつつ、一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。
 ここに、皇位を継承するに当たり、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽(さん)に励むとともに、常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望いたします。
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天皇陛下即位 初のお言葉

天皇陛下はきょう、皇后さまと共に皇居・宮殿「松の間」で国事行為の「即位後朝見の儀」に臨まれました。即位後朝見の儀には皇位継承順位1位の皇嗣となった秋篠宮さまご夫妻ら女性も含めた成年皇族も同席されました。陛下は「憲法にのっとり、日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓う」と天皇として最初のお言葉を述べられました。また、安倍総理は「天皇陛下を国及び、国民統合の象徴と仰ぎ、文化が生まれ育つ時代を創り上げていく決意だ」と述べました。朝見の儀に先立ち、陛下は即位後初めての儀式となる「剣璽等承継の儀」に臨まれ、皇位のしるしとされる三種の神器のうち剣と勾玉などを受け継がれました。
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新天皇皇后両陛下、皇族方からお祝い受ける

 新天皇皇后両陛下が、皇居・宮殿で、秋篠宮ご夫妻をはじめ皇族方からお祝いを受けられました。

 皇居・宮殿「松の間」では午後3時半から、皇族方が新両陛下に即位を祝う挨拶をされました。皇嗣となった秋篠宮さまは、紀子さまと共に両陛下のもとに進み、「天皇陛下におかれましては、ご即位されましたこと、心よりお喜び申し上げます」とお祝いの気持ちを示されました。これに対し、陛下はにこやかに「どうもありがとう」と応じられました。

 このあと両陛下は、未成年皇族である長女の愛子さまや秋篠宮家の長男・悠仁さま、宮内庁の幹部や元側近などからも祝賀を受けられました。

 これに先立ち、両陛下は午後3時ごろ、上皇ご夫妻のお住まいである吹上仙洞御所を訪れて、代替わり後初めて上皇ご夫妻に挨拶されました。

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天皇陛下即位 一連の儀式終わる

 天皇陛下は1日、即位に伴う一連の儀式を終えられました。

 陛下は1日午前、皇居・宮殿で皇位のしるしである「剣」と「勾玉」などを引き継ぐ「剣璽等承継の儀」に臨まれました。その後、即位後初めて国民の代表と会う「即位後朝見の儀」に新たに皇后となった雅子さまと共に臨み、天皇として初めてのお言葉を述べられました。

 「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望致します」

 午後は、皇居の吹上仙洞御所を訪れ、即位後初めて上皇ご夫妻に挨拶したほか、秋篠宮さまら皇族方や宮内庁の職員らから、お祝いの挨拶を受けられました。即位の儀式のあとには、陛下の側近トップである侍従長らの認証官任命式が行われ、就任会見を行った小田野展丈侍従長は「力を尽くしてお支えして参りたいと思います」と決意を述べました。

 陛下の即位を祝う一般参賀は4日、皇居で行われます。

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参考

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